2025/12/01活動記録
日本PTA全国研究大会 石川大会活動報告(第3分科会)
令和7年8月22日、23日に石川県内各地にて、第73回日本PTA全国研究大会が開催され、新潟市小中学校PTA連合会の本部役員が参加してきました。
「サステナブルな未来づくりのために ~創造と協働を石川から~」を大会テーマに、全国から多くのPTA関係者が一堂に会し、最新の知見、全国の事例などが共有されました。
大会1日目は、石川県内の各地で分科会が開催されました。本部役員が参加したいくつかの分科会での講演内容等について、心に残ったキーワードを中心に皆さんに共有したいと思います。気になるキーワードを見つけたらぜひ調べてみてください。
第3分科会 研究課題:災害を通して得られた教訓を生かす ~後悔のない備えを 地域の力で~
基調講演者:小川正氏(輪島市教育長)
1 能登半島地震の様子
水利が全く機能しなかった + 大津波警報が発令されていたことで、消火活動ができず
港が隆起沈降し船が着岸できず(海底が約4m隆起)海岸線道路は崩壊、幹線道路のトンネル崩落、市役所周辺道路も通行できず
→ 市内すべての橋で段差が発生し、車両が通行できず(車が走っていないため、ものすごく静かだった)
避難所である中学校には毛布の備蓄は1枚もなかった
→ 周辺の家から集めた布団を避難者に渡した
→ 停電でファンヒーター使えず、近所の達磨ストーブを持ってきて使った
発災後3日間、市内3地区(東部、中央、西部)が道路寸断により分断
→ 市職員の参集率は38.7%、本庁へは20%しか集まれず(道路寸断+通信途絶)
→ 災害支援の車でさえ、入ってくることができなかった状況
2 学校現場(教育委員会)の視点
全教職員へ指示したこと
→ 交通状況不明な中、勤務先への車での移動は控え、可能な通信手段で教職員と児童生徒の安否確認を→ 勤務校へ出勤可能なもの以外は最寄りの避難所へ
1月7日に教育委員会業務再開(教育長と教育総務課長のみ)
→ 「何か起これば勤務先へ駆けつける」は、実際にはできなかった
→ 自分の学校に参集するという考え方を見直す必要
→ 学校でなくても、児童生徒の安否確認を行うことはできる
地域の住宅の60%が半壊以上で、ほとんどの児童生徒が避難所で生活
→ 電気の復旧は3月12日、水道は5月に入ってから
→ 人口2万人のまちで、避難者は13,600人
東部2校、中部7校,西部3校の小中学校で、使用可能なすべてのスペースは避難者であふれていた
→ 職員室の中の校務用PCも避難所運営で使われている状況
→ 施設がすべて被災していて、使えるところはすべて避難所になっていた
1月17日に生徒の集団避難(白山市へ)
→ 市としても一時的に市外に避難してほしいというニーズあり
→ 中学3年生は受験を控え、なんとか勉強する環境を整えてあげたい
→ 7日に決断 → 8日県へ打診→ 9日県了承 → 11日案内 → 15日集約 → 17日出発
行先は少年自然の家や青年の家、宿泊も可能(+白山市が学校のスペースを開放)
→ 複数校合同で1つの学校をあけて再開
3 能登町小木中の取組(2011年当時)
防災教育を学校の伝統に(津波第一波が9分とシミュレーションあり)
→ 学校と地域が一体となった防災活動を模索、生徒が作成した津波ハザードマップを各家庭に配布→ 生徒会主催の津波フォーラムを開催
中学生の呼びかけで避難訓練を実施(40人の生徒で800人が参加)
→ 津波を想定しての避難訓練は、登校時に保護者も一緒に高台にある学校へ
→ 高校生が地区にいない、大人も昼間は地区に少ないので、有事の際は中学生が主役に
→ 中学生が動けば大人も動く、震災時も毎年の訓練があったので迷わず中学校へ避難、中学生が率先して動いてくれる(地域住民の声)
4 今後に向けて
普段から中学生が地域に出向いて地域防災にかかわることが非常に大事→ 避難訓練、避難所開設、体験訓練は「学校と地域、行政が一体となって進めることが大切」で、生徒、保護者が率先して行動し、地域の方々を守ろう!
防災とはそこに住み、恵みを受け続けるための作法と受け取る
→ 先ずは自助を大切に、その意識が地域の高齢者にも伝わって欲しい
→ 自助を大切にすることは、他の人の命を守ることになる
学校(生徒保護者)が発信し、地域と一体となった防災を考えてほしい
→ 命を第一に行動すること、そのことを家庭で共有すること
→ 避難指示が出た時、こどもと親はそれぞれ自分の判断で避難所に行き、避難所で出会えるか?
→ 「地域から一人の犠牲者も出したくない!」が合言葉